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私たちには物語がある

西加奈子さんが直木賞受賞しましたね。
おめでとうございます。すごくうれしいです。
他の候補作を読んでないものの…西加奈子さんの「サラバ!」はすごく素晴らしい作品だったのでどこかで「当然だ!」と思ってしまいます。
俺はこの「サラバ!」を2015年最初に読む小説にしようと発売当初から温存していました。その前に西加奈子作品を出来るだけ多く読んでおいて、この集大成になってるだろう作品に備えようと。
きいろいゾウ」を読み終わったのは12月29日とかだった気がします。
その目論見はあたって、素晴らしい、年明け一発目にふさわしい衝撃的な読書体験が出来ました。

これからも、この本の中にあったように、たくさんの物語を読んで、時に救われながら生きていこうと思います。
そしていずれ、自分の幹となる、「信じるもの」を見つけられたら良いな、と思ってます。
そのきっかけになるかもしれない傑作を世に送り出してくれた西加奈子さんには、やっぱり頭が上がらなくって、感謝もしきれません。

「自分の知識にしよう」とか「頭を良く見せたい」とかみたいな本の読み方はしないで、美味しいものを食べ歩いてるみたいな、そんな幸せに満ちた読書生活を送れたらいいなと、そう目論んでおります。

西加奈子という人の書く作品について

どうにかこうにか、西加奈子著「サラバ!」を直木賞受賞作発表までに読み切ることができました。

素晴らしい作品でしたが、その前に俺が感じていた西加奈子って人について。


西加奈子の作品は、人を肯定する

俺が初めて読んだこの人の作品は文庫版「通天閣」でした。 今思えば通天閣は、西加奈子作品の中に置いてはそれほど華やかな作品ではありません。わいわい近所の人や家族とかかわる物語じゃない。

かといって「舞台」のように一人で苦しむ物語でもない。

本当に人との、自分とのかかわり方がこの人の作品の中において中間に位置している作品です。 これを読んだ印象は、「地味だけど、前向きな話だな」ってくらいでした。西加奈子の作品を読んで「地味」だなんて。でもとりたてすごく印象に残ってはいなかった。 次読んだのはどれだっけ。というかなぜ次の本を手に取ったのかもあいまいです。まあそれがこの人の小説が持つ力とも言えるのかもなんて。

 

あっ、とその前に、俺がこの人に興味を持ったきっかけは、神保町の本屋でのイベントで海猫沢めろんと二人で行った対談がきっかけでした。海猫沢めろんを目当てに向かったそのイベントで初めて目の前に現れた西加奈子は、薄化粧の顔でにこにこ無邪気に笑いながら、関西弁で何やら真剣に、時に笑いを交えながら、それでもやっぱり本音を話していました。「生きる」ということについて。

その語り口に魅力を感じた俺は、そうだ。通天閣を手に取ったのです。

そして後々覚えてるのは「舞台」を読んだとき。 俺の通天閣のイメージとは違う、ネガティブで後ろ向きな主人公が自意識と格闘する様はこの間目にした笑顔で話す西加奈子の印象とはかけ離れたものでした。

「こんなのも書くんだ」 そこからさらにはまっていったと思います。エッセイではあっけらかんと酒を飲みながらふざけて、小説では主に自意識に苦しむ主人公を描いて、そして最後この人の物語全体に共通するクライマックスがあります。

それは主人公や登場人物が行う、世界の「肯定」です。

西加奈子作品の主人公は、自意識や家族とのかかわりに苦しんで苦しんで、そして途中、さまざまな冒険や経験を経て、自分の生き方、姿、容姿、周りの人間、家族を肯定します。

みなが一様に成長するのです。

その成長していくさまは読んでいてすごく身につまされるもので、引っ張られて自分も少し人間的に成長したような気がする、そんな小説を書きます。

読んだ後、「ああ、良いんだ」と思う。いつも。 「俺の今のこの状況も、最悪じゃないんだ。ここに生きてるんだ」って。そんな優しい気持ちにしてくれる小説を書いてくれる人だと思ってます。


そして「サラバ!」

そして西加奈子作家10周年の区切りで出てきたのがこの「サラバ!」です。 主人公はちょっとだけ「舞台」の主人公とも似ている、容姿端麗で自意識に苦しみながら周囲に気を使う男。

そして見逃せないのが、この主人公の出自、イランのテヘランで生まれて、カイロ、大阪そだちという設定が、作者の西加奈子とまったく同じであるということ。

つまり西加奈子は、半ば自叙伝としてこの小説を書いているのです!  必然的に、今までの集大成という位置付けになってしまいますよね。

「サラバ!」ではこの主人公の一生を、生まれ落ちた瞬間から37歳までの人生を丁寧に、こと細かに描きます。なので当然長いです。

でも、この尺はこの物語を語る上で絶対必要な長さだったと思う。この間見た「6歳のボクが、大人になるまで」が長い上映時間だったのと少し似ています。

人の一生を追おうと思ったら、そんな生半可な用意では望んではいけないんだと思います。できれば省いたりしてはいけない。だってそこに生きているんだから。

この物語で主人公の人生を一緒に追っていると、当然いろんな苦しみがあります。西加奈子がいつも掲げるテーマ「家族とのかかわり」での苦労や、友人、恋人、仕事での苦しみ。 そのどれも、人間関係にまつわるものです。

いかに人間は一人では生きていけないかがわかります。 人間関係を受け身で流してきた主人公は、年を重ねていくうえで、容姿が崩れてくるなどの要因で今までのようにスムーズに人間関係が築けなくなることに苦しみます。

そこで初めて、いかに今まで受け身に徹して、逃げに徹していたかを思い知るのです。 この問題を解決する手立てとか、姉からのとても重い言葉とか、終盤再びかわすヤコブとの言葉。

その先に待っているのは、すごく、すごく長い時間はかかったけど、最後にたどりつくのはやはり西加奈子流の「肯定」なのでした。

しかも、今回はその「肯定」の手立てをある仕掛けで読者に託す。 この辺りはもうほとんど西加奈子から読者への直接語り掛けるメッセージです。あとがき兼エピローグ兼メッセージです。

そりゃそうだ。こんなん読めば胸が熱くなるっての。

本当にすごい小説でした。 これは間違いなく俺にとって一生大切な思い出となる小説です。 願わくばこの作品が直木賞を受賞してほしいと思ってます。 

ベイマックスをみたよ。ベタベタで、やっぱりサイコーだった

 

ベイマックスを見ました。

あの「アナ雪の」ディズニー最新作!とか、ベイマックスのアクション性をひた隠しにしてる宣伝でもやもやさしてくれる上映開始前でしたね。

日本人を主人公に置いていたり、舞台もサンフランシスコと東京をごちゃまぜにした架空の国を舞台にしてみたり、おもっきし日本人の機嫌をちらちら伺ってるように見えます。

ジョン・ラセターが日本大好きってのもあるのかも。


『ベイマックス』本予告編 - YouTube

 

プロも素人もこの映画のこと色々話してるようにも見えました。評判は、軒並み上々なように感じてました。

 

『ベイマックス』を見て日本のクリエイティブは完全に死んだと思った

作家性ゴリゴリなのが、今も昔も日本のいいとこ

2015/01/04 23:55

 

僕も今日舞浜のシネマイクスピアリという、いわば聖地で小さい子どもとかでわいわいしているスクリーンで見てきました。

結論から言うと、楽しかったです。

アナ雪の盛り上がりで確かに若干ハードルというか、ディズニーに対して求めるものがあまりにも多くなっている感がありますが、やっぱりディズニーはすごかった。


なんといっても、映像がすごかった

これは誰もがみんな思うはず。小さい子供も大人も等しく感じるところだと思いますが、映像がとんでもない。 あまり細かい技法はわからないんですが、とにかく細かい!

後半のバトルシーンで動きの激しいところがとんでもなく動きまくるのは「すげー」としか言い様がないですが、序盤の何でもない街なかのシーン、上空からの“サンフランソウキョウ”の町並みを見渡せるシーンも壮観です。日本のイメージであるネオンと、ちょっと中華の感じもごちゃまぜになって、それでいてサンフランシスコの洗練されたビル街も混ざってる。

 これに似たようなもの最近も見たなーと思ったらあれでした。ガーディアンズ・オブ・ザ・ギャラクシー、ザンダー星の街なかを見てる時もこの似たような、「見たことなーい!すごーい!」って感覚を感じました。しかもあっちもディズニー!

映画の醍醐味はやっぱり「見たこと無いものを見れる」ってこと。それにはやっぱり自由度の高いCGアニメは有利です。最近のCG技術が上がった映像ならなおさら。

実写なら無理な動きも自由自在で、それでいてリアルに表情豊かなキャラクターたちの活き活きした様子を見てるだけで快感を覚えます。最高。

つまり、映像だけでもう十分入場料くらいの元は十分ゲットできます。3Dでみれば尚更、座ってぼーっとしてれば2000円分くらいは楽しめると思うよ。

ベイマックスのビニールの質感とか、そもそも人間を活き活きと表現してるのもすごい。アナ雪の雪の表現もすごかったし、もうCG技術も来るところまで来た感じがしますね。


お話はベタベタ

 設定が少し日本寄り、ってこと以外は目新しい設定はそんなに無いように思うし、展開も十分予想できるっていうか、予想外のことはあんまり起こらない。

これはディズニーが前回王道をことごとくぶっ壊す展開だったことのアンチテーゼ的なセルフカバーにも見えるし、そもそも大勢で脚本をブラッシュアップしてった結果、万人が納得する地点に着地したようにも見える。

結果的にこの「人工知能が作ったみたい」とも言われた話の展開は、美麗すぎるCG映像とか、可愛すぎるベイマックスって存在を邪魔しない、むしろお話が添え物みたいな出来栄えになってるようにも感じました。

近年のジョン・ラセターが絡んでからのディズニー・アニメのクォリティはうなぎのぼりで、観客側がめちゃくちゃハードルを高く敷いてから見に行くからこういう「王道展開」にがっかりするのもあるのかもしれない。「きっとすごいことをやってくれるだろう」って超期待していくの。

めちゃくちゃすごいことやってるのに、すごすぎて何がすごいのかわからないってこともあると思う。でも今回もいろいろ実験的な試みをしてるんだろうと思う。ロボット要素をこんなに派手に映画で使ったのは初めてだろうし(ウォーリーはロボットっぽくない)、ディズニーがきちんとCGでヒーローものやるのも珍しいよね。

終盤のワープ空間みたいなのに入った後の映像は、ちょっとすごすぎてあわわってなっちゃったし、吹き替えで見てよかったと思う。字幕読むのに割く脳みそ足んなかったと思う。

 

とにかく俺は十分楽しかったです。アクションあり、涙あり。日本の叩かれ気味だった宣伝も、ベイマックスの萌え要素もベイマックスの大事な要素だからあそこだけ取り出して見せるのも間違ってないと思った。

 

肯定するってことが「おとな」ってこと

今週のお題「おとな」

 

俺は今まで大人になるってことは、「我慢する」ってことだと思ってました。

大人は子供より圧倒的にできなくなること、2度と手に入らなくなるものの数が多い。大人になるってのはその子供が持ち得た権利を手放すことによってなるものだと、そう思ってました。

 

でも最近どうやら違うなと思い始めた。

だって我慢するのがおとなになることなら、子供時代が過ぎた後には苦痛しか無い、ずっと辛いだけってことになる。

そんなのおかしい。だって圧倒的に大人時代の方が長いんだし、大人の世界の方も若者とは違う光を放ってる。

 

俺は最近、おとなになるってことは「肯定する」ってことだと思い始めました。あるいは「受け入れる」ってこと。

若い頃は、周囲すべてが疎ましくって、腹立たしい。自分以外がすべて間違ってるように見えて、なんでこんな……って思うことばかり。

見える範囲だけでも、世の中は確かに間違ってるように見えることが多くって、理不尽なことを言われることもあるし、度々自分でも言ってしまうことすらある。嘘ばっかりだし、自分が嘘をつっことも多い。嫌気がさすこともしばしば。

でも、そんな嫌気すらさしてくる相手の言葉、発言、ものの見方を「受け入れる」ということ。受け入れて、自分の中に落としこむということ。これが、大人になるってことかもしれないなって。

年月が流れて経験も積んで出会いの幅も広がれば、視界も開けてくる。間違ってるのは自分のほうだと気づき始める。今まで許せなかった人も、事柄も許せるようになってくる。考え方を「間違ってる」って否定するんじゃなくて、「こういう考え方もあるんだな」って肯定できるようになってくる。

きっとどこかの段階で、世界を自分の器の中に落としこむことができるようになるんだと思う。それも「器の大きさ」とやらに関係してくることなんじゃないかと思いました。

俺は出来てないけど。

 

そのためにはもっといろんな間違った、あるいは正しい考えに触れて、記憶のアーカイブを広げていく必要があるし、それは一人じゃ限界もある。でも一人じゃないとできないプロセスも多いだろうからそこがいい塩梅で。

 

あと単純に大人になると経済的に手に入る物も増える!

大人にしか手に入らないものもあるし、行けるところも入れる店も増えるように思う。

手に入れたもの、赴いた先の風景を「受け入れる」のも大人の思考の範疇なのかもね。

 

俺はまだまだ全然ガキンチョな頭だけどね。でも今なら思える「早く大人になりたい」ってな!

 

刺激がほしい

だらだらツイートするのをやめてこっちで書いてみる。

 

今日昼休みにスターバックスで話した人が「刺激が欲しいからそういう小説ばっかり読んでる」って言ってました。

その人ははたから見ると、社会的にもある程度の地位で認められてて、きっと毎月の給料もそこそこあるだろうって人。しかも学生結婚を果たしてて小さい娘と息子にも恵まれてるって典型的な「勝ち組」歳もそこまで俺と離れてない。

 

その人曰く、「俺の読みたい話は、日常の中で多少の事件が起こって欲しい。そしてできれば少しのどんでん返しも欲しい」と言ってた。

これって要するに自分の願望なんじゃないかなと。自分の生活基盤は派手に壊したくない。でも少しの刺激が欲しい。そしてできれば、あっと驚くような結末も見たい。

そうしてそのすべてを、すべての願いをフィクションに預けてる。

結婚して満ち足りて何も不満のない生活に満足してて、でもどこかで退屈さを感じてる。そんな仄かな閉塞感に対する対策がフィクションの中の登場人物に思いを馳せることだったっていう…。大げさかもだけど。

その人は語り部がころころ変わる連作短編が好きで、いろんな生活を覗き見るのが好きだと言っていた。

きっと「ここじゃないどこか」にいる自分を想像してるのかな、とか思った。俺もよくそれを考えるから。

フィクション、っていうか人間の想像力ってすごいと思う。

だってちっぽけな人間のさらにちっぽけな頭のなかに人間がいっぱい住んでて、お互いにいがみ合ったり仲直りしたり愛しあったりできる。それってすごいことだ。

人一人の中にたくさんの人がいて…それぞれの人生があって…そもそも宿主にも云十年って人生があって…って考えると朝のアキバ駅のホームとか見てて頭クラクラする。のと同時に何か快感みたいなものを覚える。俺はたかだかこの中のなんでもない一人で、あの兄ちゃんにとって俺は席に座ってる乗客に過ぎなくて、ほんとなんでもない人間なんだなって。どうしようもなく凡人なんだって。

そんな積み重ねで社会ができてるんだな…と思うと何か安心みたいなものを感じて、そして心のどこかで、もどかしさも覚える。

このもどかしさこそ、「刺激が欲しい」って途方も入り口も出口も用意されてない意味のない欲求だ。刺激が身に迫ったら迫ったであたふたして、でもそれにもいつか慣れて、飽きて、また小鳥みたいに刺激を求めて口をパッカリ開けるみたいな生活を続けてくんだろうな。

 

みんなみんな、ファイト・クラブの主人公で、心の何処かでタイラー・ダーデンを心待ちにしてるんだ。

 

なんの目的も決めずに書いてみました。

 

今年の目標

今週のお題「年末年始の風景」〈今週の一枚

http://instagram.com/p/xRpoRtxJjS/

去年も同じもの撮った

今年も京都の伏見稲荷神社で初詣を済ましました。

そのあとばあちゃんの骨が納めてある大谷本廟にお参りに行ったりしてまあ普段通りです。

 

今年はなるべく否定しないようにしたいなあと思ってます。

否定的なことを考えたり喋ったりすると癖がついて自分も他人も肯定出来ない気がする。なるべく自分も他人に対しても否定的な目線を送らずに、肯定的になれたら良いなと思いました。

俺は悪い方に考えはじめるとどんどん際限なく落ちていくので、きれいな方を見る努力もしてみようかなと、思ってます。

2014年の映画

今週のお題「2014年のお別れ」〈2014年をふりかえる 3〉

 

http://instagram.com/p/xMDAaXRJpz/

いっぱい映画みた

 

とりあえず、映画のことだけは振り返っとこうと思います。自分のためにも!

とにかく。今年ハマった5本を。

ディカプリオ主演、マーティン・スコセッシ監督作のこれです。

多くの人がそう思ったかもしれませんが、俺は2月これをみたとき「今年ベストだ…」と思いました。

ディカプリオの演技、バカバカしいストーリー、スコセッシの毒っけ、最後に本人が出てくる軽薄さ。全部最高です。3時間位の上映時間でしたがあっという間でした。

こんなにバカバカしい、主人公が成長もへったくれもしない話をしっかり成り立たせるんだからスコセッシすごい。僕らが求めてるのは「ヒューゴの不思議な発明」じゃないよ!チンピラの成り上がりだよ!

  • 渇き。

好きすぎてDVD買ったこの映画。家で見るとなんだか…格好つけてんなあと思ってしまった。いかに映画館は特別な空間かわかる。

この映画の冒頭で

ある時代が狂って見えるのは、見ている人間が混乱しているからだ

- ジャン・コクトー

という詩の引用の通り、この映画を見た時の俺がちょっと精神的に参ってたのもあります…。

でもこの時見た最大瞬間風速的なトリップ感は本物だったし、見る時期含めての映画体験だと信じております。アイドル楽曲の使い方とかすごいイカれてるし、個人的に大切な映画です。

  • ガーディアンズ・オブ・ザ・ギャラクシー

うーんこれは何も言うことないでしょう。

誰が見ても、どの年代の人が見てもそれぞれ違った「面白い」があるだろう素晴らしい映画。見ているあいだじゅうずっと幸せな気分だったのは、曲の力も大きいです。

スペースオペラと80’s洋楽がガンガンにかかる劇場内はとにかく素晴らしい空間でした。

おすすめのシーンはラスボス戦。俺はあのシーンを見た時「ふふっ」と吹き出しながらなぜか泣いてしまいました。楽しすぎて脳が混乱したんだろう。

  • 紙の月

俺が好きで好きでたまらない角田光代作品の映画化。

紙の月はとにかく素晴らしい原作ですが、良い意味で宮沢りえと吉田大八監督が改変してくれました。

主婦の「ここじゃないどこか」に行きたい欲をもっと見た目にわかりやすく

、毒っぽく見せてくれました。大島優子小林聡美の演技もすごい。

原作には無い、ラストの会話と展開は爽快。

  • ゴーン・ガール

最後の最後にとんでもないのがキました。

デビッド・フィンチャーの最高傑作でしょう。(ファイト・クラブはおいといて)

話し云々の前に映像の高級感が半端じゃない。すごいキレイ。映像に見入ってるうちにどんどん話にものめり込んじゃう。

そして肝心のストーリー。予告で「これ見せすぎじゃねえの」と思ったけど全然そんなことなかった。

もっと夫婦の奥底をえぐりこみながら、もっと普遍的な「キャラを演じること」についての言及もなされてるすごい映画。

この映画で、ありのままで生きることの不可能さがわかったんではないでしょうか。

 

 

  • まとめ

やっぱり映画館で見るのって大事だなと、アナ雪と渇きを家で見ながら思いました。

映画ってのはお祭りなんです。シラフの時間じゃない。

普段の生活でくたびれた脳みそを、休ませるのとも違う、なんか精神的な酒場みたいな気分で通ってます。映画館。

ガーディアンズ・オブ・ザ・ギャラクシーも、ゴーン・ガールも、全然違った味わいが得られる特別な空間だと思います。