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2013

トピック「振り返り」について

 

振り返ってみようと思ふ。暇だし。

今年のスタートはとりたてて普段通りっていうか。いつもの友達とわちゃわちゃして行きつけの風呂屋でスッキリした、まあなんのこともないいつも通りの年明けだった。

この時なんとなく感じてたもやもやは、やっぱり日常を脱しきれてないことへのもどかしさだったのかもしれん。

あの頃読んだ朝井リョウの「何者」の影響も無かったとは言えん。あの本はすごい。偉そうにしてる自分にボディーブローからのアッパーカット喰らった感じがした。ぐだぐだぐだぐだ言っても何者にもなれない。

ラストは鮮烈すぎる。読んだの去年だけどずっと忘れられないと思う。

 

何者

何者

 

 

1月の半ばおばあちゃんが亡くなる。もっといっぱい会っておけばよかった。

と、ばあちゃんにそっくりの母ちゃんをみながらしみじみ考える。もう後悔しないよう母ちゃんには孝行しとこうと思う。

 

 で、春。

事情もあって割りとぐーたら過ごしてた俺は半ば思いつきでとあることをはじめる。

これが忘れもしない4月17日。このことを貫徹できたのが今年一番でかいこと。

 

5月にはばあちゃんの故郷の京都に行く。深夜バスで。一人旅は初めてだったけど一人のほうが気楽だった。

京都の大学生のふりして静岡から修学旅行で来た中学生に話しかける。バレなかった。ちょろい。

 

この頃色々あってパラダイムシフトしまくる。毎日頭がぱっかぱっかなる感覚。

あの感じは忘れられん。断食ブームも来る。

 

夏。

京都に行く。友達の付き添いで。

夏の京都は暑い。初めて伏見稲荷を上まで登る。夏は暑いから嫌いだ。

でも楽しかった。日の出うどんのカレーうどんは今年食べた飯で一番うまかった。

 

秋。

秋の思い出が薄い。短いし。

でもこの頃からなんていうか、人との会話のコツを掴んだ気がする。

やっぱり「学び」の手段は、旅か会話か読書しかないのだなあと思った。

 

会話は、ピッチングに似てると思う。

会話相手(バッター)の打ちやすい打ちごろの球を放ってあげて、気持ちよく外野の頭を越える球を打たせてあげる。意外とホームランを打たせてはダメ。

逆もある。相手が打ちやすい球を投げてきたら、気持ちよく打ってあげる。

それでスコアを同じくらいにキープする。打ちつ打たれつで。状況に応じて勝ったり負けたりするのが大事。

こういうことを思ったのが秋かな?

園子温監督作の「地獄でなぜ悪い」もこの時やってたかな。あの映画は最高。

 

冬。

いつから冬なのか。まあいいや。

はてなブログを書き始めたのも冬かな? なんだか今月の頭に観た「もらとりあむタマ子」の記憶が鮮烈だ。

観た時はそうでもなかったけどだんだんと効いてくるボディーブローみたいな映画だった。

柚木麻子はモラトリアム期間を「誰にも踏まれてない真っ白な部分」と表した。

今日マチ子もこんなことを言ってます。

「甘ったれ」だと見えるかもしれない。

でもこの真っ白な余白が、何にでもなる可能性だと信じてる。

 

で、年末。また京都行くっす。