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後ろ向きで憂鬱で、自分大嫌いで、幸せ

初めてゲンロンカフェにお邪魔しました。

めろん先生のこの本についてのトークショーは結局全部言ったのかな?

斉藤環さんも以前から本を読んでて気になってました。ゲンロンカフェ、とっても良い雰囲気ですねー

 

http://instagram.com/p/nAsyYORJsg/

質疑応答

 

お酒をちびちび飲みながら、二人のお話を聞きましたよ。日生学園の話などで笑いも起こって、とっても和やかなムードでした。

 

「自由になりたい」と言って自殺してしまっためろん先生の友達の話を中心に、精神分析的な流れをふまえつつ、気張らずに生きる方法についてお話をされました。

 

また考えさせられますね。『自由』なんてはっきりと定義されないものを求めて死んでしまったKさん。彼は果たして、自死を選んだ結果自由になったのか。

その不自由さを感じてしまっているのはほかならない自分で、その環境を作っているのも自分。

例えどんなにお金を持っていたとしても、どれだけ名声を得たとしても、不自由さを感じるのは自分です。今の自分さえどうにかすれば、どんなにどん底の状態でも自由になれるはず。死ぬのを選ばなくても。

これは少しアドラーの考えを汲んでいますね。

 

今の自分をどうにかしたい。でも、斉藤環さんが言っておられたことには、人間が一番嫌なのは今の自分を変えることだと。それをしないための言い訳を考えて、結局変わらない方向に努力するんだと。

 

少し心当たりがあります。最近読んだ田口ランディさんの「坐禅ガール」もそんな話でした。

「自分を守る鎧を脱ぐのは難しい。でも脱いでみたら、鎧なんて必要ないんだと気が付く」みたいなことが書いてあったと思います。

 

誰でも自分が一番かわいいです。俺も、自分が嫌いだ嫌いだと言いつつも、奥底では嫌いになれないです。ぐだぐだ考えるのもしょうがないよね…みたいな自分もいる。

でもこれをもっと上手になりたい。

「否認じゃ足りない。認めて、距離をとる」のが大事だとおっしゃっていました。

否認して、自省して、それでも認めてあげる。だって絶対こんな俺にもいいところはあるんですから。じゃないともっともっと孤独でとりとめもなく苦しんでいるはず。

 

自意識の鎧を脱いで、もっともっと、Kさんが果たすことがかなわなかった『自由な生き方』を目指したいと思います。

 

言葉を用いて、苦しみも楽しさも幸せも好きも、全部分析して分節化して言語化すればもっともっと認めてあげて、嫌なものと良い物を選んで、分離して共存できる。

 

かの有名な陰鬱としたお話を書くフランツ・カフカも親友に

「君は君の不幸の中で幸福なのだ」

と言われていた通り、不幸の中で一生陰鬱と生きていくしかないとしても、その中で幸せに生きていくことができれば、それは自由なのかもしれません。

 

もっともっと今はやりの自己肯定をしてあげて、他人にも承認してもらって、自分でも承認してあげたい。

めそめそ泣いてる平凡で何者にもなれない自分を「大丈夫だよ」って認めてあげたい。

昨日カウンター席で黒ビール飲みながらそんなことを考えました。

 

もっと他人に迷惑ばかりかける人がのうのうとのさばってるのに、俺が苦しむのは釈然としない!

今日もセブンイレブンのコーヒー片手にがんばります。