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マッドマックスで気付きと快感を得よう

マッドマックス怒りのデスロードが面白かったので、久しぶりにほろ酔いでブログを書きます。


映画『マッドマックス 怒りのデス・ロード』予告編 - YouTube

結論から言うと、まあ最高の映画だったんですけど、もっとこう映画ってこうだよなあとか考えました。

僕なんか「趣味は?」とか「休みの日暇なとき何してんの?」とか聞かれたらとりあえず「映画見てる」って当たり障りのないこと言うんですけど、まあこれも嘘じゃないにしても、もっといろいろ、例えば今なら日本語ラップ、とりわけ最近はデブラージ死んだのきっかけにブッダブランドばっか聞いてたり、女流作家の小説読むの好きだったりするんですけど、やっぱこういう時は当たり障りなく映画って言いますな。

ショーシャンクとかアベンジャーズとかの当たり障りないところから、アニメとかマニアックな邦画とか広げようがあるからね。

僕は前々から趣味ってのはそもそもそれを見たり聴いたりやったり触ったりすることで脳が快感を覚えて、その快感の回路が一番自分に適してると思うやり方、自分が一番手っ取り早く気持ちよくなれるやり方こそ自分の決める趣味だと思ってるんですが、この中で映画を趣味にするってのはつまり、映画館のスクリーンなりテレビなりモニターなりで物語のある映像を見てそれで感動するのが一番気持ちいいって表明で。

でもこの映画ってのは幅広くて、中には男と女が終始イチャイチャしてたり、殺人鬼を警察が追っかけたり、いもしないスーパーヒーローが地球を救ってみたりします。

それぞれにファンが居て、でもみんな共通して「映画好き」。

映画の中にも快感に至る道筋が違うってことですね。

ああ、わかりやすいたとえだと感動モノね。「ドラ泣き」なんてのが記憶にあたらしいもので、人は感動して涙をながすとき無条件に気持ちよくなるように出来てます。泣きに映画館に行くなんてポルノ映画見にピンクの映画館行くのと全然変わりませんよね。「泣く」の目当てに映画館に行くなんて下品極まりないですよ。

話題がそれましたが、とにかくまとめると、僕は映画見てそのことで快感を得たいわけです。なるべく泣くの目当てとかじゃない上品なやり方で。泣くならさり気なく泣きたい。

 

で、マッドマックスはそれらの僕の願いを叶えてくれたように思います。

内容の詳細は誰か他の人に聞いてください。今日これから宇多丸が評論するみたいだし。

 

マッドマックスみて僕はとにかくこれが欲しいんだと思った。

現実に生きてたらどう頑張ってもお目にかかれない光景。「いや、それおかしいだろ」の「い」すら聞く気の無いわがままな映像群。謎の爽快感あるストーリー。愛着わいたキャラのカッコいい散り際。変なハッピーエンド。ヒュー!祭りだ!

 

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いやもっと真面目な、練られた脚本と凝った演出の映画ももちろん快感です。最後のどんでん返しはアハ体験的衝撃で大変よろしい。

でも、それでもこの監督を初めスタッフのわがままに完全に観客がついてくしかない種類の映画が好き。映画以外もそうなんですけど、天才の才能に置いてかれないように付いて行きたい。観客なり読者なりを意識した作品はどうしても底が浅い。連れてって欲しいんだなあと今わかりました。つまんない日常に生きてる僕を、ここじゃないとこかに。トリップしたいんです。

マッドマックスはそれをしてくれる、すっごく素敵な映画でした。

見てる2時間くらいの間、間違いなく僕は映画館には居なかった。

かといって映画の中に入り込んでたかっていうとそうじゃなくて、その中間くらいで楽しんでたんじゃないかな。この距離感が良い気がする。

疲れたから終わり